【今日も、おつかれさま 】Vol.11「捨てられない箱」

コラム/インタビュー
 2026/08/23
※記事内の情報は取材当時のものです。
【今日も、おつかれさま 】Vol.11「捨てられない箱」

今日も、おつかれさま ― 暮らしの中の小さな物語 ― Vol.11

どこかの暮らしに、そっと寄り添う物語...

捨てられない箱

八月の暑い日だった。

妻から「物置を少し片付けてほしい」と頼まれ、朝から段ボールを引っ張り出していた。


使わない家電の箱。

子どものおもちゃ。

何年も開けていない収納ケース。

どんどん処分していく中で、一つだけ手が止まった。

古いスマートフォンの箱だった。

中身はない。

説明書もない。

ただの空箱。

それなのに、なぜか捨てられなかった。

そういえば、これは初めて買ったスマートフォンだった。


その頃は娘もまだ小さくて、写真フォルダには公園や運動会の写真ばかり入っていた気がする。

箱を見ているだけなのに、その頃のことが少しずつ思い出される。

結局、空箱は残した。

昼過ぎ、妻が物置をのぞき込んだ。

「それ、まだ持っとくん?」

そう言われて箱を見た。

自分でも理由は説明できない。

ただ、捨てる理由もなかった。

「まあ、そのうちな」

そう答えると、妻は呆れたように笑った。

夕方。

片付いた物置には大きな空間ができていた。

けれど棚の隅には、古いスマートフォンの箱がひとつだけ残っている。

何を取っておくかより、何を捨てられないかの方が、その人らしいのかもしれない。

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