今日も、おつかれさま ― 暮らしの中の小さな物語 ― Vol.11
どこかの暮らしに、そっと寄り添う物語...
捨てられない箱
八月の暑い日だった。
妻から「物置を少し片付けてほしい」と頼まれ、朝から段ボールを引っ張り出していた。

使わない家電の箱。
子どものおもちゃ。
何年も開けていない収納ケース。
どんどん処分していく中で、一つだけ手が止まった。
古いスマートフォンの箱だった。
中身はない。
説明書もない。
ただの空箱。
それなのに、なぜか捨てられなかった。
そういえば、これは初めて買ったスマートフォンだった。

その頃は娘もまだ小さくて、写真フォルダには公園や運動会の写真ばかり入っていた気がする。
箱を見ているだけなのに、その頃のことが少しずつ思い出される。
結局、空箱は残した。
昼過ぎ、妻が物置をのぞき込んだ。
「それ、まだ持っとくん?」
そう言われて箱を見た。
自分でも理由は説明できない。
ただ、捨てる理由もなかった。
「まあ、そのうちな」
そう答えると、妻は呆れたように笑った。
夕方。
片付いた物置には大きな空間ができていた。
けれど棚の隅には、古いスマートフォンの箱がひとつだけ残っている。
何を取っておくかより、何を捨てられないかの方が、その人らしいのかもしれない。







