『サッカーを通して、この地域が発展していってほしい』
そう語ってくれたのは、大分県北地域の高校サッカーを盛り上げる
「県北クラシコ」の実行委員長を務める山本隼斗さん。
中津東高校の選手としてサッカーに打ち込み、全国大会を経験。
その後は柳ヶ浦高校で教員・指導者として高校生を指導してきました。
そんな山本さんが今、力を注いでいるのが、
サッカーを通した地域の「文化」と「環境」づくりです。
自らが高校生の頃に経験した、1万4000人の観客が集まる舞台。
あの時の光景を、今度は次の世代へ。
「頑張っている人を知り、興味を持つことで、読んだ人にも元気になってもらいたい」
そんな思いから始まった『Smile People』。今回は、第2弾として山本隼斗さんにお話を伺いました。
1万4000人の観客が見た、高校時代の原点

山本さんがサッカーを始めたのは小学2年生、8歳の頃。
地元の少年団でサッカーを始め、誕生日にもらったお金でボールとスパイクを買ったことが、
今でも記憶に残っているといいます。
その後、中津東高校へ進学。
吉富町の自宅から自転車で通い、朝7時からの練習に参加するため、
6時過ぎには家を出る毎日でした。
練習が終わって自主練習まで行えば、帰宅は夜9時過ぎ。
「もう本当にサッカー漬けの毎日でした」
そんな高校生活の中でも、特に山本さんの記憶に残っているのが、
全国大会で市立船橋高校と対戦した試合です。
会場に集まった観客は、なんと約1万4000人。
ピッチから見たその景色は、
「プロサッカー選手になったと錯覚するぐらい」
だったと振り返ります。
この経験こそが、後に「県北クラシコ」を立ち上げる原点の一つになりました。
中津東と柳ヶ浦、「ライバル関係」から生まれた県北クラシコ
山本さんが高校時代を過ごした中津東高校と、後に教員として指導することになった柳ヶ浦高校。
大分県北地域を代表する両校には、長年にわたるライバル関係があります。
「ここだけには負けたくない」
そんな思いがぶつかり合う両校の試合。
他の地域を見ても、これほどのライバル関係はなかなかない。
それなら、この対戦そのものを一つのイベントにできないか。
そう考えて生まれたのが「県北クラシコ」でした。
「このライバル関係をイベント化したら、すごく面白いんじゃないか」
中津東高校出身であり、柳ヶ浦高校でも教員として指導した経験を持つ山本さんだからこそ、
両校それぞれの立場を知っています。
その経験も、「県北クラシコ」を生み出す大きな力になりました。
サッカーを「地域のお祭り」に
山本さんにとって、「県北クラシコ」は単なる高校サッカーの試合ではありません。
目指しているのは、
「いろんな人たちに憧れと文化を提供できるイベント」です。
子どもたちには、高校生のプレーを間近で見てもらい、
「いつか自分もこのピッチに立ちたい」
と思ってもらいたい。
サッカーを通して、世代を超えて地域の人たちが集まる。
だからこそ山本さんは、県北クラシコを「サッカーフェスティバル」であり、
「お祭り」のようなイベントにしていきたいと話します。
「毎年毎年、地域に楽しみにしてもらえるようなイベントにしたい」
そこにあるのは、サッカーだけを盛り上げたいという思いではありません。
サッカーを入口に、地域そのものを盛り上げたい。
そんな思いが「県北クラシコ」には込められています。
「大人が頑張ればいい」子どもたちのために環境をつくる

「県北クラシコ」は、最初から順調だったわけではありません。
立ち上げ当初は山本さん一人。
個人で高校生を使ったイベントを開催することに対して、「高校生を使ったお金稼ぎではないか」と
いった厳しい声を受けることもありました。
さらに、当時は高校教員だったため、企業とのつながりもほとんどない状態。
協賛企業を募るため、仕事の合間に有給を取って企業を回ることもありました。
それでも、山本さんには「本当にできるのか」という不安よりも、
「やらないといけない」
という気持ちの方が強かったといいます。
そんな山本さんを突き動かしているのが、子どもたちのために「大人が動く」という考え方です。
「できないことの理由の大半は大人が理由だと思うんですよ」
子どもたちだけでは難しいことも、大人が動けば実現できる。
だからこそ、まずは自分が動く。
指導者として子どもたちにサッカーを教えるだけではなく、
子どもたちが思い切りサッカーに取り組める環境そのものをつくる側へ。
それが、現在の山本さんの大きな原動力になっています。
「プロを育てる」のではなく、「プロが生まれる環境」を
これから山本さんが力を入れていきたいのが、県北地域のサッカー環境づくりです。
中津・宇佐には、これまでも多くのプロサッカー選手を輩出してきた土壌があります。
だからこそ、これからもプロサッカー選手が生まれる環境をつくっていきたい。
ただし、山本さんが考えているのは「プロ選手を育てること」だけではありません。
「そういった環境をつくってあげることが大切」
という考えです。
高校だけではなく、ジュニアや中学生年代から全国大会を目指せる環境を整える。
そして中津・宇佐のサッカーが、これからも発展し続けるための土台をつくる。
現在は県北クラシコだけでなく、中学生年代の大会も主催するなど、活動の幅を広げています。
これまで指導者として現場に立ってきた山本さんですが、今は一歩現場から引き、マネジメントや環境づくりを担う立場へ。
それでも、
「いつかもう一度指導者として挑戦したい」
と、もう一度現場に立つ思いも持っています。
5年後、10年後に描く未来

「こんな小さな地域でも、サッカーでこれだけ盛り上げることができるんだ」
山本さんが見ているのは、「県北クラシコを大きくする」という未来だけではありません。
5年後の目標は、県北クラシコのような取り組みが他の地域にも広がっていくこと。
そんな成功体験が一つのロールモデルとなり、別の地域でも新しい挑戦が生まれていく。
そして10年後には、県北クラシコの10回記念大会で全国の強豪校を招き、
子どもたちが全国トップレベルのサッカーを間近で見られる場をつくりたいと話します。
「県北から日本全体へ」
山本さんの視線は、すでにその先を向いています。
「サッカーは人生そのもの」
山本さんにとってサッカーは「人生そのもの」
小学2年生、8歳から始めたサッカー。
高校生になり、全国大会を経験。
その後は教員として高校生を指導し、現在は地域のサッカー環境をつくる側へ。
サッカーを通して、たくさんの人と出会い、サッカーによって自分自身の道を切り開いてきた。
だからこそ、今度は自分がサッカーに恩返しをする番だと考えています。
「サッカーでいろんな人とつながれたり、サッカーで道を切り開いてきた」
だから、子どもたちのために環境をつくりたい。
そして、
「とことん突き詰めていきたい」
と語る山本さん。
サッカーは、好きなものというだけではない。
これまでの人生そのものであり、これからも続いていく挑戦そのものなのかもしれません。

子どもたちが高校生に憧れる。地域の人がその試合を楽しみにする。企業が応援する。
そして、その場所で育った子どもたちが、いつか地域に戻り、今度は自分たちで新しい何かを始めていく。
「県北クラシコ」を、一年に一度のイベントで終わらせるのではなく、地域に根付く「文化」へ。
そして、県北から全国へ。
サッカーを通して、「人と人をつなぎ、地域の未来をつくっていく」
山本隼斗さんの挑戦は、まだ始まったばかりです。
「山本隼斗さん」プロフィール
1996年6月23日生まれ、中津東高校出身。高校時代はサッカー部でプレーし、
キャプテンとして全国大会に出場。青森山田高校、郡山高校を破り、
中津東高校として初めて全国大会3回戦進出を経験しました。
九州産業大学卒業後に指導者の道へ進み、
柳ヶ浦高校で教員としてサッカー部の指導にも携わりました。
現在は、県北地域の高校サッカーを盛り上げる「県北クラシコ」の実行委員長を務めるほか、
中学生年代の大会を主催するなど、サッカーを通した地域づくりにも取り組んでいます。
自身が高校生の頃に経験した約1万4000人の観客の前でプレーした経験を原点に、子どもたちが憧れる舞台と、県北地域のサッカーがさらに発展していくための環境づくりを目指しています。
【山本隼斗|スポーツで、街をおもしろく。】https://note.com/light_dahlia72








