中津市の福沢通りから拡幅工事の進む道路を海に向かって走っていくと、バイパスの手前に見えてくるのが、闇無濱(くらなしはま)神社です。
かつては神社のすぐ下まで白波が洗う海だったそうです。いわゆる「白砂青松(はくしゃ・せいしょう)」白い砂浜と青々とした松林が海岸線に沿って続く景勝地で、古代の歌集「万葉集」の歌にも詠まれた名所でした。
万葉集の歌碑が境内に建てられています。
「吾妹子(わぎもこ)が赤裳(あかも)ひづちて植えし田を苅りて蔵(をさ)めむ倉無(くらなし)の浜」
歌の意味は歌碑の横の説明板に書かれています。私は、現代に残るお田植え神事のようにかわいい衣装で田植えをする情景を思い浮かべたのですが、あっているかな。
海岸線から離れた今も、境内に立ち並ぶ松の巨木が、その昔の風情を偲ばせてくれます。
付近の土手からは、シャープなシルエットの龍王橋と中津川河口が望めます。
闇無濱神社はかつては豊日別国魂(とよひわけくにたま)神社と呼ばれていました。豊前・豊後、すなわち大分から北九州あたりまでのこの地域全体の神様である豊日別国魂神(とよひわけくにたまのかみ)を主な御祭神としてお祀りしています。
ほかに瀬織津姫神(せおりつひめのかみ)、大海津見神(おおわたつみのかみ)など海に関係の深い神様が祀られています。
屋根まわりの細かい彫刻がりっぱです。
多くの神社と同じように本殿の前に拝殿があって、本殿まわりには一般の参拝者が立ち入れないようになっていますが、拝殿から奥を拝見すると、向かって左側に細かい彫刻の祇園八坂神社、右側に朱塗りの柱の住吉社があるのがわかります。祇園八坂神社は厄除けの神様、住吉社は航海や漁業などの神様です。
毎年7月に行われる中津祇園では、左側の祇園八坂神社に向かって、華麗な彫刻を施された山車(祇園車)が勇ましく駆け抜け、また折り返して駆けます。これを「棒練り」といい、中津神社で行われる「廻し練り」とともに中津祇園の見どころの一つとなっています。
手前側はふだんは参拝者用の駐車スペースとして利用されていますが、中津祇園ではここを重い祇園車を曳いて社殿の前まで駆け抜けるのです。
古代からの由緒があり、歴代中津藩主にも崇敬されてきた闇無濱神社。現在、社殿や参道などの改修工事も順次進められています。ぜひ参拝して、地域の歴史に想いを馳せてみてください。




