河野博文

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未来の子供たちのために。 みんなで残す「豊後森機関庫」
河野博文

豊後森機関庫保存委員会 会長

玖珠町の豊後森駅にある、「豊後森機関庫」。久留米・日田間を結ぶ久大西線が開通した昭和9年に、中間地点である豊後森駅に建てられました。ディーゼル車が導入された昭和45年に廃止されましたが、最盛期には配備車25両、職員は217人もの人が勤務していました。 豊後森機関庫は全国でもめずらしい、扇形のコンクリート造りで、九州では一つしかない貴重な鉄道遺産です。河野さんたちは豊後森機関庫を未来の子どもたちに残したいと、保存活動に取り組んでいます。 「まずはじめに行ったのはスケッチ大会でした」と話す河野さん。子どもたちに機関庫を知ってもらおうと、玖珠町の小中学校に声をかけて、機関庫のスケッチ大会を開催しました。「自分たちが小学生だったときも、学校でスケッチ大会があると、必ず機関庫を題材にしていました。いろんなアングルから描けておもしろかった記憶があります。そのおもしろさを今の子どもたちにも感じてほしいと思い、開催しました」と話します。今年で6回目になるスケッチ大会は小中学校の恒例行事として定着しています。その他にも、ビデオを作成して学校や施設に配布したり、地域の人に声をかけ、豊後森機関庫が営業していた当時の写真を60枚集めてパネルを作成するなど、活動は徐々に大きくなりました。署名活動では1ヶ月で2万3千人もの署名が集まり、その甲斐あって現在豊後森機関庫は玖珠町の所有物となっています。「協力してくれる仲間がいるとこれほど大きなことができるんだなと実感できました。玖珠町以外の地域の方々も快く協力してくれて本当にやってよかったと思います」と河野さん。 今後の目標は、豊後森機関庫を国の登録有形文化財にすること、そして豊後森機関庫を子どもたちが遊べる公園にすること。河野さんたちが子どもの頃、機関庫はかくれんぼや点検用の穴にもぐって遊べるかっこうの遊び場だったそうです。河野さんたちの思い出がつまった機関庫で今の子どもたちにも遊んでもらいたいと、「線路を敷いて、ミニSLを走らせたい」と計画を進めています。新しく開発をしたり、施設を建てたりするのではなく、あくまでも未来の子どもたちに豊後森機関庫を伝え、残そうと取り組む河野さん。豊後森機関庫は、これからも多くの人々に支えられ、地域のシンボルとして世代を超えて受け継がれ続けていくでしょう。

かわの ひろふみ

河野博文

河野博文

昭和50年3月東洋大学法学部卒業、4月に株式会社河野組入社、平成13年に豊後森機関庫保存委員会を設立、会長に就任し保存に向けてJR九州から玖珠町が取得するように運動を始める。平成19年に玖珠町が土地と建物を購入する。現在、玖珠町議会議員、玖珠町商工会長、法人会玖珠町支部長に就任。
(09/12月号smile掲載)

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