絵画や書をとおして中津の歴史や物語を熱く丁寧に語ってくれた。
中津市枝町に、その一画だけ、時間の流れさえゆるやかで、空気の質感が違うのかと感じそうな家屋がある。
明治34年創業の料亭「日本料理筑紫亭」だ。ここには、福沢諭吉や広瀬淡窓の掛け軸をはじめ貴重な歌碑や絵画、書などがさりげなく飾られている。「まるで歴史資料館みたいですね」と言うと、「“金目の物があると思うな。料亭というのは、その町の文化を預かっているのだ。どれにも中津の物語がある”というのが代々言い継がれた言葉なのです。」と、女将。そして、絵画や書をとおして中津の歴史や物語を熱く丁寧に語ってくれた。
出撃前夜の特攻隊が、刀を振るって斬りつけた深い刀疵が残る床柱
107年という長い歴史の中には、要人達がここで鱧料理を囲んで日本の将来を語り合い、放浪の俳人種田山頭火が句会で初めて河豚を食べたこともあるという。離れには出撃前夜の特攻隊が、刀を振るって斬りつけた深い刀疵が残る床柱もある。さらに特筆すべきが、料理。社会情勢、地球環境の変化により、私達の食生活も大きくかわった今、輸入物や添加物を含む食品が増え、それに比例するかのように生活習慣病や不治の病も増えてきた。安易な“食”が手に入りやすい社会だが、この料亭では「食が命。食が精神や魂を育てる」という考えから、ひたすらに、日本民族の本来の身体に適した食材を使い、人の手を介した料理を続けている。これは簡単そうに思えるかもしれないが、生きた食材を仕入れ、カツオ節や昆布の出汁、そして古から続く麹を使ったお醤油など数滴で仕上げる事は、今の時代、奇跡といっても過言ではないかもしれない。
町の文化とともに、日本民族の食の大切さを、次世代にも伝えようと努力を続けている女将の姿に畏敬の念を覚える。

























