ノスタルジックな昭和の町
豊後高田市中央通りでも
一際目をひくたたずまいの瓦屋呉服店
ノスタルジックな昭和の町、豊後高田市中央通りでも一際目をひくたたずまいの瓦屋呉服店。
江戸時代後期天明8年に創業したというこの店は、老舗中の老舗といっても過言ではなさそうだ。
創業者は、江戸時代に九州に近江商人の出先機関があったので、近江から杵築に来てここ豊後高田で創業したと推測されるとか。
呉服屋でなぜ瓦屋という屋号なのか疑問に思い理由を聞いてみると、「この建物が建てられた明治時代は藁葺き屋根しかなく、当時は瓦の屋根の店が珍しかったので、瓦屋さんに行こうと人々が言ったのが由来になったようです」と店主。

まだ車や自転車がなかった江戸時代から明治初期の頃、得意先回りに活躍していた呉服車。蔵の中で保管されていたものを、現在、店内で公開しているので、近くで見ることができる。
昔、この通りには7軒の呉服屋が軒を並べていたという。ここ、豊後高田市は島原藩の飛び地でさらに、港から関西方面への出荷も盛んな国東半島の中心的存在だったこともその所以かもしれない。
しかし、順風満帆だった呉服店にも戦中戦後の厳しい時期が訪れ、現在では数軒しか残っていない。この瓦屋呉服店でも、店主が3期もの間、県会議員をしていた頃や戦後は必死にのれんを守ってきた。
この店には、江戸時代から明治初期にかけて得意先回りに使われていたという呉服車や、4代目の花嫁衣裳が刺繍も鮮やかなまま現役で残っているなどお宝もある。
建物をはじめ、お宝を目で見て時代を感じる事ができるこの老舗の店主は現在7代目が受け継いでいる。
買い物も楽しいが、6代目のお宝説明を聞くために訪れるファンも多い呉服店だ。

























