ゆうたろう

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今、不死鳥の如く蘇る銀幕の大スター「石原裕次郎」。 目の前で再現される、懐かしの名曲と名シーンを笑いと共に

-- 本物の裕次郎さんにはお会いした事ってあるんですか?

ありますよ。小学校2年生くらいのときに。僕、出身が千葉の成田なんですよ。そこに成田山新勝寺っていう大きいお寺がありまして、一度裕次郎さんが歌を唄いに来ていたんですよ。丁度そこのお寺に親父が勤務していて。僕は遠い所から見ていたんですけど、裕次郎さんがすーっときて。「おう坊主、がんばれよ!」と頭をぽんぽんとたたいてくれましてね。その時は小学生で、裕次郎さんの偉大さなんてわかんなかったので、嬉しいような、わけわかんないような(笑)ただ、その時すごそうなおじさんだなというのは感じました。オーラですか。

-- いつ頃から「自分は裕次郎さんに似ている」と気が付かれたんですか?

根本的には似ているとは思ってないんですけど…高校卒業したぐらいですかね。学校で「雰囲気がボスっぽくない!?」と言われてまして。僕、本名が林克享(はやしかつゆき)っていうんですが、その時はあだ名で「ゆうちゃん」と呼ばれていました。今にして思えば、目線や仕草が裕次郎さんと言うよりもオヤジっぽいんですよ。

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-- そんな中、今の「ゆうたろう」さんの芸が開花したきっかけって何ですか?

僕は芸能界の裏方(マネージャー)をやっていたんです。小学校の頃はアイドルになりたくて。でも中学校に入ると全校の男子生徒はみんな坊主にするんですよ。で、坊主になった自分の顔見て「あ、これはアイドルは無理だ」と気がつきまして。(笑)じゃあなんかないかなと思ってたときに、もともと好きだったのが音楽で。ビックバンド系のジャズがとても好きでしてね。
ルーツは親父やおふくろが楽団で歌い出したり、ドラムを叩いたりしていて、その影響で中学校からバンドでドラムを叩き始めました。
結局それも第一線にはいけないから、じゃあ芸能界に携わっている仕事をしようということで、妹(奈々世里奈さん)や男性2人のマネージャーになりました。その時タレントを制作会社に連れて行く毎日を送っていたら、なぜか僕に注目してくれる方がいましてね。まぁだいぶ悩んだんですが、やってみようかとなりまして。それからです。

-- ご本人の前で失礼かもしれませんが、噂によるとすごく天然キャラだとか?

何かそういうキャラにされてますよね(笑)本当は企業秘密なんですが特別に話しますか(笑)この芸を身に付けるに当たって、裕次郎さんみたいな威厳のある方を、そのままカッコ良く演じても無理があるなって考えたんですよ。だって相手はあの「石原裕次郎」ですよ?それならもういっその事、笑いにしてやろうと。何も無い所で転ぶ練習もしましたし、僕の中で、これはいわゆる「ドリフ」なんですよ。王道の笑いと言いますか・・・。

確かに自分にはおっちょこちょいなところもありますけど、いやらしい話、戦略的にディティールアップしてます(笑)つまり裕次郎さんがドジしたら面白いだろうという芸なんです。あんなカッコ良い大スターが、足の指を机の角にぶつけて、痛いのを我慢してるのって面白いじゃないですか。そういうことを延々とやっていたら、なぜか「ゆうたろうはドジだ」っていう設定になってしまいました(笑)
まぁそれは僕の中では狙い通りなんですけどね。芸に対する姿勢の上で出来上がったキャラが認知されているんだから大成功ですよ。本当やらしい話ですけど(笑)

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-- これからの活動を教えてください。

10月3日にCDをだす予定があります。一応2000年にも一度出してまして、音楽大賞の賞なども頂いたんですよ。前回はデュエットだったんですけれども、今回はラテンポップス?…ラテンシャンソン?(笑)タイトルは「恋のセレナーデ」。ソロで出す予定です。

-- 楽しみです。絶対買います。

本当ですか?すごく適当に流されてる気がするんですけど(笑)

-- 今日はどうもありがとうございました。ステージ楽しみにしています。

ゆうたろう

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ゆうたろう

1970年2月21日生まれ。千葉県出身のお笑いタレント。コージー冨田などが所属するオフィスインディーズに所属。石原裕次郎のものまねを得意とする。愛称は「ボス」。2000年に開催された「21世紀の石原裕次郎を捜せ」のオーディションに応募するも、「そういう意味ではない」と言われて落選した。
(07/9月号smile掲載)

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