コラム

スマイル / ◎第10話 萬屋 錦之助

錦兄の火を吐く台詞が好きだった
萬屋 錦之助

イラスト・矢野想子

  幼い頃、「新諸国物語 笛吹童子」(萩原遼監督)や「紅孔雀」(同)に見入っていた。菊丸が錦兄ぃ、萩丸が東千代之介、毎日、福田蘭童の曲を口ずさんでいた。思い出せば、高千穂ひづるのお姉さんはきれいで、毛利菊枝のばあ様は怖くて、悪役吉田義夫は滑稽であった。  「一心太助」(沢島忠監督)シリーズ、それはそれは度胸がよくて痛快で、命なんかいつでもくれてやらぁの気魄に漲っていた。錦兄ぃのイメージはこのシリーズで確立した。  「宮本武蔵」(内田吐夢監督)シリーズ、歴代錚々たる俳優たちが演じてきたが、錦兄ぃの武蔵こそが吉川英治の希求する武蔵に最も近く、一番だと声を大にして云いたい。とくに良いのは、「一乗寺の決闘」である。殺陣は、バンツマの「雄呂血」にも負けない凄みを見せた。もっと凄いのは、台詞回しの火の吐き方である。錦兄ぃはこの時、台詞がなくとも、口から火を吐いていた。中でも、吉野太夫(岩崎加根子)とのシーンは内面の演技が素晴らしい。錦兄ぃは当時とくに岩崎を高く評価していただけあって、あうんの呼吸の両者真演である。  「瞼の母」(加藤泰監督)での、番場の忠太郎、これも多くの名優で制作されたが、やはり錦兄ぃが突出して上出来である。とくに弟分松方弘樹の母(夏川静枝)に手をとられて書を習うシーン、ああ、おっかさんはこんな人ではないだろうかと、夏川をまだ見ぬ自分の母と重ね合わしている。はたまた、道端で三味を弾いている目の不自由な婆さま(浪花千栄子)を、ひょっとして自分の母ではないかと思う子心。観る者の心を打つ見事な演技だった。最終シーンの独白、「会わなきゃ浮かんだ俤をわざわざ訪ねて消しちまった」、心の臓から絞り出していた。  最高作は誰が何と言っても、「関の弥太ッペ」(山下耕作監督)、最後、沢井屋の庭に槿の白い花が咲いている。十朱幸代に伝える台詞、「このシャバには、辛れぇこと、悲しいことがたくさんある・・・。忘れるこった、忘れて明日なれば・・・ああ、、明日は晴れだなぁ・・」  何度観ても、この台詞で目が潤むし、励まされもする。ストイシズムの名優、64歳でアバヨと三度笠を高く放り上げて、あの世へ渡った。

◎第10話 萬屋 錦之助

昭和23年(1948年)、中津市生まれ。
中津北高、成蹊大学、博報堂入社。
前福岡コピーライターズクラブ理事長。
西日本新聞紙上に書籍評論、映画評論を多く発表、連載中。
ペンネーム中洲次郎名で、多くのエッセイやコラムを発表している。
現在、RKB毎日放送「今日感テレビ」木曜コメンテーターとして出演中。
著作「ふつうのコピーライター」(宣伝会議社・刊)、「なりきり映画考」(書肆侃侃房・刊)。
広告賞226本受賞。講演多数。福岡在住。
(10/7月号smile掲載)

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