コラム

スマイル / ◎第9話 原 節子

42歳でスクリーンから引退された
原 節子

イラスト・矢野想子

  日本一の美人女優といって過言ではないし、どなた様にもご異存のないことかと思われる。瞳は満々と水をためる、山間の美しい湖を思わせ、口元は慈母観音様である。私は比較的幼い頃より、肉感的女優さんが好きであったが、肉感はやはりそんじょそこらのお姉さんであり、原は手を出せぬ、まさに神聖にして冒されざる女性(にょしょう)である。  演技力で云えば、高峰秀子「浮雲」、山田五十鈴「流れる」、田中絹代「西鶴一代女」、杉村春子「晩菊」、淡島千景「夫婦善哉」、乙羽信子「裸の島」といらっしゃるが、原はそこで比べられない次元の違う位置に居る。外向的演技をされず、すべてを深く呑み込んだ内向的演技である。あとはあの深遠なる微笑が霧の如く、人間の喜怒哀楽を覆い尽くしてしまう。  大監督にばかり出演を請われた。勝手な選択で五本上げさせて頂くなら、黒澤明監督では「わが青春に悔いなし」、娘時代、藤田進と一緒になっての潜行時代、寡婦になってからの奥歯を噛み締めてのがんばり。田んぼの泥に汚れた演技は神聖で美しかった。打って変わって、木下恵介監督では「お嬢さん乾杯!」。軽いコメディタッチの演技だが彼女自身が非常に楽しんでいることがよく伝わる。原節子のズッコケシーンはこの映画だけでしか観られない。小津安二郎監督では、映画的には「晩春」「麦秋」「東京物語」が良いことは判っているが、演技的には「東京暮色」を買う。亭主の信欽三と上手くいかず、父笠智衆と妹有馬稲子の間、はたまた男と逐電した母山田五十鈴との間で、人生に草臥れ、頬のこけている内向的演技は素晴らしかった。成瀬巳喜男監督では、やはり「めし」に極まるか。なんやかや云っても妻の座は安寧なんですよ。そこの醸しが見事だった。  42歳で、衰え始めた容姿を晒したくないと、スクリーンからご引退されたが、彼女のあたたかい「老母」「祖母」役を観てみたかった。残念でならない。  あ、忘れるところだった、若き日の彼女にお会いしたいのなら、ぜひ「河内山宗俊」(山中貞雄監督)をご覧あれ。16歳の原に出会えます。

◎第9話 原 節子

昭和23年(1948年)、中津市生まれ。
中津北高、成蹊大学、博報堂入社。
前福岡コピーライターズクラブ理事長。
西日本新聞紙上に書籍評論、映画評論を多く発表、連載中。
ペンネーム中洲次郎名で、多くのエッセイやコラムを発表している。
現在、RKB毎日放送「今日感テレビ」木曜コメンテーターとして出演中。
著作「ふつうのコピーライター」(宣伝会議社・刊)、「なりきり映画考」(書肆侃侃房・刊)。
広告賞226本受賞。講演多数。福岡在住。
(10/6月号smile掲載)

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