イラスト・矢野想子
迫真力では、日本一の女優といって過言ではない。「愛妻物語」(新藤兼人監督)のときは、まだ爪を隠している。瞠目したのは、やはり「縮図」(同)である。徳田秋声が得意中の得意とする、否応なく底辺に堕ちていく女の話である。貧しい靴職人宇野重吉の娘役、父親は甲斐性がなく、体も強いほうではない。母親北林谷栄もまたオロオロしているだけで、明日の展望は一切見えない。芳町から芸者に出される。初々しく幼い生娘演技から、次第に次第に、男のおもちゃになり、男たちの実のなさを知るあたりから、徐々に女に変貌していく。騙されても騙されても、それでもどこかで男を信じている。 東北に売られ、またボンボンに騙され、また東京に舞い戻る。置屋の大将に手篭めにされそうになり、体を壊し、もうこの商売は二度と嫌と云いながらも、また家族のために、泣く泣く芳町に戻っていく。苦界に深く身を落していく、流転の女のはかなさを巧演した。このとき、演技開眼したと読む。 「裸の島」(同)では、殿山泰司との夫婦役。瀬戸内海の水も無い小島の小作。毎日、伝馬船で対岸の村まで水を汲みに行く。櫓をこぐ細腰があまりにも嫋々として不憫なものを感じさせた。無言劇である。天の上まで耕すは貧の極みなりを、林光の音楽がいっそう重く切なく醸し出す。子供を病いで亡くした母親の口惜しさを、貴重な水を島の渇いた土にぶちまけることで、やり場の無い歯がゆさ、貧乏への怒りを完璧に具現した。 この時の母親像が、「母」(同)や、「竹山ひとり旅」(同)の、深い深い盲愛ともいうべき、日本の母親の姿に繋がった。 母は偉大なり。教養も品も無いかもしれないが、子を思う気持ちだけでは誰にも負けない、そんな愚かで愛せる母は、彼女と、望月優子ぐらいしか、演じきれない。 異色といえば、「香華」(木下恵介監督)、身持ちの悪い、男好きの、淫蕩な母親を演じた。主役は乙羽の娘役岡田茉莉子だが、乙羽の剣呑で奔放で蓮っ葉な演技力に呑まれてしまった。真演から、神演の名女優。1994年の12月に、70歳で旅立った。彼女ほどの、白真剣な女優はもう出ない。

























