コラム

スマイル / ◎第6話 緒形 拳

気弱な亭主も、凶悪な殺人犯も
緒形 拳

イラスト・矢野想子

 この頃、この日本は「誰でもよかったんや」殺人や、子殺し、遺棄虐待が多い。人間性も、母性も父性も枯渇し、殺伐としている。不景気のせいなのか、辛くせつない。  今を去る五十年前に、松本清張が今日を予言するかのごとく「鬼畜」を著した。  映画「鬼畜」(野村芳太郎監督)、主演は緒形拳。愛人小川真由美が二人の間にできた三人の子を押し付けて去っていく。鬼のように子供たちを苛め抜く妻・岩下志麻。緒形は妻の怒りに怯えて、子供たちの始末を考えていく。岩下と小川の狭間で、岩下と子供たちの狭間で、オロオロと極限状況へと至っていく。  テレビ「必殺仕掛人」(原作池波正太郎)で、闇の殺し屋藤枝梅庵を演じていたあの緒形拳が、こんなにも小心者の男を演じるとは、瞠目してその成りきりに見入った。眼光鋭い緒形が、瞳の色を消し、心ここにあらずの、気弱な父親を見事にやりこなす。最終、警察でのシーン、父親に殺されかけた長男坊が、父をかばい、切なく哀しい大嘘をつく。この時の緒形の身もだえの表情に「役者やのーっ」と喝采を送った。  「鬼畜」の翌年、緒形は小心者から一転、五人殺しの凶悪な役を演じる。「復讐するは我にあり」(今村昌平監督)、原作佐木隆三、連続殺人犯西口彰をモデルにした、ノンフィクション作品である。  最初の事件は1963年日豊線行橋・苅田あたりから始まる。私は十五歳、同じ日豊線中津に暮しており、日々の新聞に興味津々であった。大学教授や弁護士に化け、いとも簡単に人を殺し、死体と4,5日暮しても、何の感慨も持たぬ悪魔である。緒形はこの役を、これまた軽妙に楽しんでいるかのように、こなしていく。垂水悟郎を殺した後、手についた血のりを自分の小便で洗い落とすシーンは、怖気が走った。  西口は取調室で、「詐欺はしんどいね。やっぱり殺すのが一番面倒がなくていいよ」と、ほざいたと云う。ラストシーン、別府鶴見岳、父三國連太郎と妻倍賞美津子が緒形の遺骨を空中に投げ棄てる。骨は空中に止まり、緒形の高笑いが聞こえてくる。気味が悪いほどの真演であり、悪魔の神演だった。  一昨年の10月、名優は三途を渡った。

◎第6話 緒形 拳

筆者・矢野寛治
昭和23年(1948年)、中津市生まれ。
中津北高、成蹊大学、博報堂入社。
前福岡コピーライターズクラブ理事長。
コピーライターとしては、霧島酒造キャンペーン、ハウス食品うまかっちゃんキャンペーン、 祐徳薬品パスタイム・キャンペーン、銘菓ひよ子キャンペーン、フランソア・キャンペーン、九州電力キャンペーンを手がける。
西日本新聞紙上に書籍評論、映画評論を多く発表、連載中。
ペンネーム中洲次郎名で、多くのエッセイやコラムを発表している。
著作「ふつうのコピーライター」(宣伝会議社・刊)、「なりきり映画考」(書肆侃侃房・刊)。
広告賞226本受賞。講演多数。福岡在住。
(10/3月号smile掲載)

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