コラム

スマイル / ◎第2話 大河内 傳次郎

中津は南部小卒の大俳優
大河内 傳次郎

イラスト・矢野想子

 京都に旅をすると、小倉山というか嵯峨野の奥に、大河内山荘という素晴らしい庭園を持つ、質実な山荘がある。春は桜、秋は楓、大河内が丹精こめて造りあげた別邸である。今は観光名所になっており、行かれた方も多いことでしょう。  大河内の生まれは福岡県築上郡岩屋村(現・豊前市)である。中津の兄宅に寄留して、南部高等小学校を出ている。私も中津市出身ゆえに、幼い頃より、ひとしおの親近感があった。当時、日活太秦撮影所長に、やはり中津出身の池永浩久という大プロデューサーが居た。幼い山田五十鈴を大女優に育てた男でもある。彼を頼って、大河内は映画界へと入っていった。もともと医者のお家で、今でも中津にはご親族がいらっしゃる。  「シェーは丹下、名はシャゼン」がつとに有名であるが、中津弁は「セ」が「シェ」となる。千円は「シェンエン」、先生は「シェンシェイ」である。彼が訛り続けたのは当たり前である。かく云う私も中津を離れて幾歳月だが、未だにこの訛りは直っていない。  代表作は誰が何と言っても、ご存知「丹下左膳」。隻眼隻腕の剣豪、名前に左があるように、左目左腕は活きている。口に鞘を咥えて、本身を抜く時の眼が素晴らしい。「丹下左膳余話 百萬両の壷」(山中貞雄監督)、いわゆるコケ猿の壷の、柳生との争奪戦である。嵐寛寿郎、バンツマ、月形龍之介、大友柳太朗ほか、多くの役者が演じてきたが、私の一番はもちろん地元贔屓もあり、大河内である。近年、トヨエツや中村獅童も演じたが、殺陣の大きさ、豪放磊落さ、コミカルさでも、大河内には叶わない。  「大菩薩峠」(内田吐夢監督)では、豊前中津・奥平藩出身の剣聖、活人剣の島田虎之助を敬意をもって演じた。「虎の尾を踏む男達」(黒澤明監督)での、弁慶の憑依した眼力も凄い。もちろん、洋服物もある。「わが青春に悔いなし」(同)での、京都帝大の教授役も、髷物くささは一切なく、原節子のリベラルな父親役を好演した。47年前、六十四歳の若さで彼岸に渡った。

◎第2話 大河内 傳次郎

筆者・矢野寛治
昭和23年(1948年)、中津市生まれ。
中津北高、成蹊大学、博報堂入社。
前福岡コピーライターズクラブ理事長。
コピーライターとしては、霧島酒造キャンペーン、ハウス食品うまかっちゃんキャンペーン、 祐徳薬品パスタイム・キャンペーン、銘菓ひよ子キャンペーン、フランソア・キャンペーン、九州電力キャンペーンを手がける。
西日本新聞紙上に書籍評論、映画評論を多く発表、連載中。
ペンネーム中洲次郎名で、多くのエッセイやコラムを発表している。
著作「ふつうのコピーライター」(宣伝会議社・刊)、「なりきり映画考」(書肆侃侃房・刊)。
広告賞226本受賞。講演多数。福岡在住。
(09/11月号smile掲載)

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