何事も耐えることで道が開けることもあります

藤蔭高等学校 広光 保彦先生
「大学受験の合格発表を控えていたので、卒業式のときは、まだ卒業していないような気持ちでした」と学生の頃を話す広光先生。教師になってからの卒業式では「がらんとした教室にいると、寂しいような、虚しいような気持ちになります」と話します。「今年度は就職難の中、生徒たちが健闘してくれました。少しホッとしています」と広光先生。今年の卒業生へは「就職にしろ、進学にしろ、とにかく辛抱すること。“石の上にも3年”で道を切り開いていって欲しいです」と話していました。
自分の信念を信じて、強く進んで欲しい

玖珠農業高等学校 麻生雅光先生
高校の卒業式で答辞を読んだという麻生先生。「でも当日、風邪をひいてしまって、鼻をすすりながら読んでいたら、感動して泣いていると保護者や同級生に勘違いされました」と笑って話します。2年生からの持ち上がりである今のクラスは、真面目で明るい生徒たちばかりで先日行われた予餞会も素晴らしい行事になったそうです。「一生懸命過ごしてきたからこそ、高校生活を卒業できる。これから迷ったり壁にぶつかったときは、高校の頃を思い出して自分の道を突き進んで欲しい」と話してくれました。
若いパワーでチャレンジし続けてください

朝倉農業高等学校 平山水香先生
「高校を卒業したら、パーマをかけて、海外旅行に行って・・・とやりたいことを考えていました。卒業して両方実現できてうれしかったことを覚えています」と話す平山先生。朝羽高校と同様、103年の歴史に幕を閉じる、朝倉農業高等学校。着任から5年目を迎えた平山先生は、「2クラスと少ない人数ながらも、アットホームな雰囲気で楽しく過ごせました」と話します。「新しい出会いを大切に。若いパワーで何にでもチャレンジしてください」と卒業生へメッセージを贈ってくれました。
周囲の人への感謝を忘れないで欲しいです

玖珠農業高等学校 高橋伸介先生
教師生活4年目の高橋先生。今年初めて持ち上がりで3年間クラスを持つことになったそうです。「思い入れが強いので、卒業式は楽しみです。でも既に予餞会でぐっときてしまいました」と話します。高校生のときは、3月から大学のホッケー部の合宿が始まっていたため「それどころではなく、練習がきつかった」と高橋先生。今年は就職難にも関わらず、生徒たちが健闘してくれてうれしかったそうです。「社会人は大変だけど、負けずに頑張って欲しいです」と話してくれました。
「人生を楽しんで!」この一言に尽きます

朝倉農業高等学校 奥村貴史先生
高校の時、バスケット部に所属していたという奥村先生。「最後の試合の前に友達と思い出づくりに坊主にしました」と話します。教師になってからの卒業式は「やっぱり寂しい」。最後の日に生徒たちに贈る言葉を考えるだけで涙しそうになるそう。今年で閉校する朝倉農業高校は、生徒たちに寂しい思いをさせないように例年よりも多くの行事が行われ、盛り上がった1年だったそうです。卒業する生徒たちには、「人生を楽しんで」の一言。「この一言にすべてが集約されています」と話します。
どんな苦労があっても、逃げずに立ち向かって欲しい

朝倉農業高等学校 奥村貴史先生
今年で117年の歴史に幕を下ろす朝羽高校。「私の母校も朝羽高校と同じように閉校し、最後の卒業生として卒業しました。同じ境遇だからこそ、卒業する生徒たちの寂しさを痛感しています」と大橋先生。今年度印象に残っていることは、野球の全校応援だそうです。「朝羽ナインがプレーする姿にスタンドが沸き、部員たちの流した涙に感動しました」と話します。そんな生徒たちに「朝羽高校の卒業生ということに誇りを持って、出会いを大切に生きて欲しいです」とエールを贈ってくれました。
誇りを持って、新たな一歩を踏み出してください

朝羽高等学校 大橋明奈先生
高校3年間と大学4年間はずっとラグビーをやっていたという江田先生。大学の卒業式では「東京まで両親が来てくれたことに感謝の気持ちでいっぱいになりました」と話します。昭和学園高等学校が男女共学なって初めての卒業式では退場のときに生徒たちが保護者や先生に向かって礼をしたそうです。「苦労しただけにうれしかった」と江田先生。「愛されること、誉められること、人の役に立つこと、人に必要とされること自分が大事にしていることですが、生徒たちにもそうなって欲しい」と力強く話してくれました。
苦しいときこそ、心から笑える人間になって欲しい

藤蔭高等学校 入井 裕之先生
「こう見えて、自分が高校生のときは学級委員だったんですよ(笑)」と入井先生。高校の卒業式は、サプライズで担任の先生に歌を贈ったそう。「忘れないですね、曲はオフコースの“秋の気配”でした」と話します。教師になって初めての卒業式では、軽トラックいっぱいのプレゼントをもらったのだとか。毎年卒業生には、同じことを伝えていて、「苦しいときこそ、心の底から笑える人間に」、「自分の力で、自分の手で、そして自分の心で人生を大切に生きて欲しい」と話してくれました。