スマイル / 記事 / 我が心のふるさと / 臼田 キヨミ 氏
スマイルインタビュー 臼田キヨミ 氏
臼田 キヨミ 氏 (08/4月号smile掲載)
うすだ きよみ
中津市で生まれ、割烹の女将として忙しく働くきながら、「中津をなんとか盛り上げたい」という強い意志を持って、中津耶馬溪観光協会中津支部副支部長、NPO法人豊前の国観光ネットワーク代表として活躍している。
また、5年前に作られた「鱧音頭」の発起人としても有名。
黒田武士と鱧音頭
笑顔と活力が地元を賑やかにする

今年2月、各新聞で武者行列の写真が大きく取り上げられ、注目を集めた。
これは、中津市を民謡黒田節の源流の地としてPRしたもので、「中津黒田武士の会」が甲冑姿の武者行列を、城下町中津のひなまつりのオープニングパレードで初めて披露したもの。仕掛け人は、中津耶馬渓観光協会中津支部副部長をつとめる臼田さん。
日本舞踊の名取でもある臼田さんは、黒田節を教えるかたわら中津武士の会の発足にかかわり、黒田家ゆかりの姫路城祭りや博多どんたくに参加した。しかし、PRに努める一方で、「地元では盛り上がりに欠けているのでは?」と気になっていたという。
そこで思いついたのが「黒田官兵衛(如水)、長政親子と家臣団24騎」の行列の再現。
甲冑に身を固めた武者の行列は、地元の人々に忘れ得ない程の大きなインパクトを与えたようだ。実は、黒田節は、黒田官兵衛(如水)が中津城主を務めていた1596年の出来事がルーツだとか。
臼田さんは「今の中津があるのも黒田官兵衛(如水)が城下町を築いてくれたおかげ。多くの市民が黒田節と中津の関係を知って、いずれは街全体で踊れるようになって欲しい。そして街を盛り上げるきっかけにしたい。」と熱く語る。
確かに、音頭は踊るだけでなく、その土地の歴史や物語を多く含んでいた。昔は町内毎に音頭があり、盆踊り大会などで大人も子どもも踊っていた。
臼田さんのもとには、30〜70代の300人もの人々が踊りを習いに集まっており、音頭大会やイベントに呼ばれて各地で踊った。大阪厚生年金ホールで踊ったこともある。さらに特筆すべきは、5年前に作った「鱧音頭」。地元中津や人の魅力が音と言葉を介して伝わってくる。中津祇園での300人の大踊りは記憶に新しいのではないだろうか。黒田節や鱧音頭など企画力や動員力が強い臼田さんだが「何かをしようと思ったら人が集まってくれる。人に生かされていると感謝しています」と、はにかむ。
踊りながら怒る人はいない。踊る時は皆、笑顔になる。
笑顔で踊りながら地域おこしや伝承ができるという音頭は、凄いものだと感じる。























